日本で発明であると認められるソフトウェア関連発明を、欧州(EP)に出願すると、「クレームの発明は、数学的方法であり、技術的特徴を有しないため、進歩性がない。」という旨の拒絶理由を受けることがしばしばあります。

この拒絶理由は、EPの審査ガイドライン(Guidelines for Examination)における数学的方法(mathematical methods)に起因するものです。

以下では、このEPの審査ガイドライン(Guidelines for Examination)における数学的方法(mathematical methods)について説明します。

1.Guidelines for Examination G-II, 3.3 mathematical methods

以下、Guidelines for Examination G-II, 3.3 mathematical methodsから、実務上大切だと思われる記載を抜粋して説明します。

以下に引用する審査ガイドラインの英語の原文に続く日本語は、英語の原文の翻訳ではなく、英語の原文についての単なる私の解釈です。

もし、私の説明におかしな点があったり、より正確な情報や更なる情報を得たい場合には、英語の原文を読んでみてください。

Mathematical methods play an important role in the solution of technical problems in all fields of technology. However, they are excluded from patentability under Art. 52(2)(a) when claimed as such (Art. 52(3)).

数学的方法は、原則として、特許の対象から除外されています。

If a claim is directed either to a method involving the use of technical means (e.g. a computer) or to a device, its subject-matter has a technical character as a whole and is thus not excluded from patentability under Art. 52(2) and (3).

しかし、クレームが、コンピュータ等の技術的手段の使用を含む方法であるか、装置である場合には、特許の対象からは除外されません。

Once it is established that the claimed subject-matter as a whole is not excluded from patentability under Art. 52(2) and (3) and is thus an invention within the meaning of Art. 52(1), it is examined in respect of the other requirements of patentability, in particular novelty and inventive step (G‑I, 1).

クレームの主題が特許の対象から除外されないことが確立された後に、他の特許要件、特に新規性及び進歩性が審査されます。

For the assessment of inventive step, all features which contribute to the technical character of the invention must be taken into account (G‑VII, 5.4). When the claimed invention is based on a mathematical method, it is assessed whether the mathematical method contributes to the technical character of the invention.

進歩性の判断において、クレームの発明が数学的方法に基づくときには、その数学的方法が発明の技術的特徴に貢献するかどうかが評価されます。

ざっくり言うと、

「数学的方法が発明の技術的特徴に貢献する」

「進歩性が肯定される可能性がある」

ということです。

言い換えれば、

「数学的方法が発明の技術的特徴に貢献しない」

「進歩性は否定される」

ということになります。

なお、この進歩性の判断の後に、文献を引用した本格的な進歩性の判断が行われます

日本とは異なり、EPでは、文献を引用した本格的な進歩性の判断の前に、数学的方法が発明の技術的特徴に貢献するかどうかという観点から足切り的な進歩性の判断が行われるという点に、注意する必要があります。

A mathematical method may contribute to the technical character of an invention, i.e. contribute to producing a technical effect that serves a technical purpose, by its application to a field of technology and/or by being adapted to a specific technical implementation (T 2330/13). The criteria for assessing these two situations are explained below.

(i)数学的方法を技術分野に適用することで、及び/又は、(ii)数学的方法を特定の技術的実装に適合することで、数学的方法が技術的目的に役立つ技術的効果の生成に貢献する場合には、数学的方法は発明の技術的特徴に貢献すると言えます。

以下、(i)数学的方法を技術分野に適用する場合の評価基準(ii) 数学的方法を特定の技術的実装に適合する場合の評価基準について、説明します。

Technical applications

When assessing the contribution made by a mathematical method to the technical character of an invention, it must be taken into account whether the method, in the context of the invention, serves a technical purpose (T 1227/05, T 1358/09).

まず、(i)数学的方法を技術分野に適用する場合の評価基準について説明します。

この場合、数学的方法による発明の技術的特徴への貢献を評価するために、数学的方法が、発明の文脈において、技術的目的に役立つかどうかが考慮されます。

ざっくり言うと、

「数学的方法が技術的目的に役立つ」

「数学的方法が発明の技術的特徴に貢献する」

「進歩性が肯定される可能性がある」

ということです。

この数学的方法が役立つ可能性がある技術的目的の例は、次のように列挙されています。

Examples of technical purposes which may be served by a mathematical method are:

– controlling a specific technical system or process, e.g. an X-ray apparatus or a steel cooling process;
– determining from measurements a required number of passes of a compaction machine to achieve a desired material density;
– digital audio, image or video enhancement or analysis, e.g. de-noising, detecting persons in a digital image, estimating the quality of a transmitted digital audio signal;
– separation of sources in speech signals; speech recognition, e.g. mapping a speech input to a text output;
– encoding data for reliable and/or efficient transmission or storage (and corresponding decoding), e.g. error-correction coding of data for transmission over a noisy channel, compression of audio, image, video or sensor data;
– encrypting/decrypting or signing electronic communications; generating keys in an RSA cryptographic system;
– optimising load distribution in a computer network;
– determining the energy expenditure of a subject by processing data obtained from physiological sensors; deriving the body temperature of a subject from data obtained from an ear temperature detector;
– providing a genotype estimate based on an analysis of DNA samples, as well as providing a confidence interval for this estimate so as to quantify its reliability;
– providing a medical diagnosis by an automated system processing physiological measurements;
– simulating the behaviour of an adequately defined class of technical items, or specific technical processes, under technically relevant conditions (see G‑II, 3.3.2).

数学的方法が役立つ可能性がある技術的目的の例は、以下の通りです。

– 特定の技術システムまたはプロセス、例えばX線装置または鋼の冷却プロセスの制御。
– 測定から、所望の材料密度を達成するために必要な圧縮機のパス数の決定。
– デジタルオーディオ、画像またはビデオの強化または分析、例えば、ノイズ除去、デジタル画像内の人物の検出、送信されたデジタルオーディオ信号の品質の推定。
– 音声信号のソースの分離。音声認識、例えば音声入力のテキスト出力へのマッピング。
– 信頼性の高いおよび/または効率的な送信または保存(および対応するデコード)のためのデータのエンコード。例えば、ノイズの多いチャネルを介した送信のためのデータのエラー訂正コーディング、オーディオ、画像、ビデオ、またはセンサーデータの圧縮。
– 電子通信の暗号化/復号化または署名。RSA暗号化システムでのキーの生成。
– コンピュータネットワークの負荷分散の最適化。
– 生理学的センサーから得られたデータを処理することによる、被験者のエネルギー消費量の決定。耳の温度検出器から得られたデータからの被験者の体温の導出。
– DNAサンプルの分析に基づいて遺伝子型の推定値を提供するとともに、その信頼性を定量化するための推定値の信頼区間の提供。
– 生理学的測定を処理する自動システムによる医学的診断の提供。
– 技術的に関連する条件下で、適切に定義されたクラスの技術項目または特定の技術プロセスの動作のシミュレート(G‑II、3.3.2を参照)。

クレームが列挙された技術的目的の何れかに向けられている場合には、

「数学的方法が技術的目的に役立つ」

「数学的方法が発明の技術的特徴に貢献する」

「進歩性が肯定される可能性がある」

という主張が可能です。

このため、「クレームの発明は、数学的方法であり、技術的特徴を有しないため、進歩性がない。」という旨の拒絶理由を受けた場合には、まずは、クレームの発明を列挙された技術的目的の何かに結びつけることができるか検討するのがよいのではないでしょうか。その際、必要であればクレームの補正を行います。

Furthermore, the mere fact that a mathematical method may serve a technical purpose is not sufficient, either. The claim is to be functionally limited to the technical purpose, either explicitly or implicitly. This can be achieved by establishing a sufficient link between the technical purpose and the mathematical method steps, for example, by specifying how the input and the output of the sequence of mathematical steps relate to the technical purpose so that the mathematical method is causally linked to a technical effect. See G‑VII, 5.4.2.4 for a worked-out example.

なお、クレームの補正を行う際には、技術的目的と数学的方法のステップの間に十分なリンクを確立するようにします。

例えば、数学的方法のステップの入力と出力が技術的目的にどのように関連するかを特定することで、数学的方法と技術的効果とをリンクさせることができます。

Technical implementations

A mathematical method may also contribute to the technical character of the invention independently of any technical application when the claim is directed to a specific technical implementation of the mathematical method and the mathematical method is particularly adapted for that implementation in that its design is motivated by technical considerations of the internal functioning of the computer (T 1358/09). For instance, the adaptation of a polynomial reduction algorithm to exploit word-size shifts matched to the word size of the computer hardware is based on such technical considerations and can contribute to producing the technical effect of an efficient hardware implementation of said algorithm.

次に、(ii) 数学的方法を特定の技術的実装に適合する場合の評価基準について説明します。

この場合、数学的方法の特定の技術的実装が、コンピュータの内部機能を技術的に考慮して行われているときに、その数学的方法が発明の技術的特徴に貢献していると言えます。

すなわち、

「数学的方法の特定の技術的実装が、コンピュータの内部機能を技術的に考慮して行われている」

「数学的方法が発明の技術的特徴に貢献する」

「進歩性が肯定される可能性がある」

ということになります。

「数学的方法の特定の技術的実装が、コンピュータの内部機能を技術的に考慮して行われている」と主張できることはそれほど多くないため、(ii) 数学的方法を特定の技術的実装に適合する場合の評価基準に沿って、「進歩性が肯定される可能性がある」という主張をすることもそれほど多くないと思われます。

私の経験では、先に説明した(i)数学的方法を技術分野に適用する場合の評価基準に沿って、「進歩性が肯定される可能性がある」という主張をすることが多いです。

2.まとめ

クレームの発明が数学的方法に基づくときには、文献を引用した本格的な進歩性の判断の前に、数学的方法が発明の技術的特徴に貢献するかどうかという観点から足切り的な進歩性の判断が行われます。

数学的方法が発明の技術的特徴に貢献するため、進歩性が肯定される可能性があるという主張をするためには、例えば、クレームが、Guidelines for Examination G-II, 3.3 mathematical methodsに列挙された技術的目的の何れかに向けられているため、数学的方法が技術的目的に役立つと主張します。

この記事が少しでも参考になりましたら幸いです。